雲の上への扉

千鶴さん

階段を昇った先、右手の通路の奥の扉の前で南野は立ち止まった。


「先に言っておくけれど、この部屋は私が寝起きしている部屋だから散らかっているからね」


ちらりと私の方をみて念を押すと、南野は扉を開けた。
あまり光が入らないような薄いカーテンが閉め切られた部屋に電気の明かりが点る。


「彼女が日焼けしないように、カーテンはいつも閉めているんだよ」

「そうなんですね。日光に弱いんですか?」

「大袈裟に騒ぐほどじゃないけれど、ずっと同じ位置に日光が当たっていると変色の恐れがあるかな。
ほら、家具とか本とかでもあるでしょ?」

「ああ、黄色くなりますね」


私は自分の家のテレビ台を思い出した。
窓の側というほどでもないがカーテンを開けると光が差す位置にあり、あれは元々白かったのだが今ではすっかり生成り色になり果てている。
それと同じようなことだろう。


「まぁそんなにすぐすぐ変色することもないんだけど、やっぱり気になるからねぇ。
紫外線での変色は経年劣化の範疇ではあるけど、できれば長く綺麗な状態を保ちたいっていう思いでカーテンは閉めておくようにしているんだ」

「なるほど。
用心するに超したことはないですもんね」


何かあってからでは遅いという気持ちは、私にもよくわかった。
日焼けしてしまうと上から色を塗るくらいしかやりようがないのだ。
ドールはそういうわけにもいかないだろうから慎重になるのも仕方ないだろう。
部屋の中はおよそ10畳ほどはあるだろうか。
大きな出窓を中心にその左右の壁に添うようにベッドと机が置かれており、入口近くにはお洒落なちょっとした洗面台、それと小さな冷蔵庫が見える。
部屋内は清潔感のある淡い青色で統一されており、南野が言ったような散らかっている感じは一切受けなかった。
まるで病院の個室かホテルの一室のようだと私は思った。
部屋の主は出窓の前に置かれた一人掛けのソファに、穏やかな顔で座って居た。


「彼女が私の個人所有のラブドールの千鶴さん」


南野に紹介され、私は彼女の近くに進んだ。
ふわりと巻かれた艶やかな黒髪、肌の色は白く憂いを秘めた眼差しで俯きがちに微笑み、右目の下には涙ほくろが色っぽく見える。
紺色地に白い小花柄の落ち着いた雰囲気のワンピースからすらりと伸びる足は薄いストッキングを纏っていた。
その足はどこか生々しく、そのせいかより人間に近いものに見える。
下の階で見たハルやユメに比べ、とても大人っぽい雰囲気のドールだ。
彼女たちに比べると顔の立体感が薄くのっぺりとしており、さも人形という感じはある。
これが化粧の力というものなのだろうか。
しかし髪や肌の感じは大きな差はないように思えた。

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