雲の上への扉

一つの芸術

私はツキコに促されるまま、ハルの細く透明感のある白い腕に手のひらを重ねた。
さらりとした滑らかな肌はやはり人間のそれとは違う。
柔らかに見えるが触るとしっかりとしており、きめ細かく不思議な質感がある。
昔姉が持っていた着せ替え人形や自分が持っていたヒーローのビニール製の人形とは明らかに違う素材で作られているようだ。

南野のホームページを見た際に軽く調べたラブドールの知識を思い出してみる。
安価なソフトビニール製のものとシリコン製のものがある、と書かれていた。
こだわりのある南野のことだから、安価なものを愛好しているとは思えない。
見た感じ、手も加えられているのだろうがこの人形はどことなく気品というか細かな気使いというか、高価なものに見える。
それにこの手触りにはわずかに覚えがある。
そう、あれはホームセンターなんかで見たことがある調理器具なんかに使われているアレだ。
うちにも電子レンジで蒸し料理を作るための蓋つきのものがある。
確か、シリコンスチーマーと言っただろうか。
この手のひらに吸い付くようなしっとり感、柔らかさ、わずかな記憶だがとても似ている気がする。

「これは、シリコンですか?」


私はハルの腕を撫でながら訪ねた。


「まぁ、近いものですね。
厳密にはエラストマーっていうシリコンとゴムを合わせた感じの弾力のある素材なんですけど。
ドールによってはシリコンの子もいるし、最近はハルみたいにエラストマー製の子が流行で、触り比べるとかなり違うんですけど、シリコンよりエラストマーの方が柔らかくてより質感が人肌に近いんです」

「なるほど」


ツキコはもう一人の人形、ユメのドレスの袖を大きく捲り上げて露わになった腕を手に取るとゆっくりと力を込めて彼女の肘を曲げた。


「こうして関節を動かすのもシリコンより楽なんですよ、柔らかいから。
柔らかいおかげで可動域も増えてポーズの幅も拡がりましたし、シリコンよりも強度が高いので断裂もしにくいんです。
まぁ、まったく難点がないってわけでもないんですけど現状はかなり完成度は高いですよ」


したり顔でこちらを見るツキコの言葉に私は感心して頷いた。


「素材もいろいろと進化しているんですね」


といっても、私は他の素材で作られたラブドールを見たことはないのだが。
そもそも持っていたイメージは空気を入れて膨らませるようなビニールの人形だったのだ。
それに比べると、確かにこうして彼女たちを知るまでのイメージよりは明らかに、圧倒的に進化していると思う。
私の言葉にツキコは頷いた。


「人形にはロマンがありますからね。
ラブドールは元々アダルトグッズとして作られたものですけど、今ではこんなにリアルでこだわって作られてる。
もう一つの芸術ですよ」


そのツキコの言葉にはどこか重みがあった。
この人もまた、人形に魅了され本気で向き合う人間の一人なのだ。

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