雲の上への扉

本音

好きだと言っていいのだろうか。
私は迷っていた。
本音を言えば物凄く好きだし興味もある。
しかしそれを言うのは私にはとても勇気のいることだった。
口を開こうとすれば幼き日の記憶が咎めるような調子で私に言うのだ。
いい年をしたおじさんがお人形遊びなんて、と。
かつて、「それは女の子の遊びでしょう。男の子がお人形遊びなんて恥ずかしいわ」と母に言われた時のように。
時が経つにつれそのことは次第に記憶から薄れていき今では思い出すこともなくなっていたのだが、どうやら傷跡だけはしっかりと心に残っていたらしく、まるで軋むように疼く。
その痛みは私から言葉を奪い、口を噤ませる。
答えを求めてこちらを凝視しているツキコの視線が痛かった。
恐らくこの質問に深い意味などないのだ。
それ故になぜ返事が出ないのか理解できない、と言った風である。
私が困り果てていると香ばしいコーヒーの香りと重みのある足音が近づいてくるのを感じた。


「こらこらツキコちゃん、そんなに追い詰めてはいけないよ」


軽い調子で私を救ったのはコーヒーのおかわりを淹れて戻ってきた南野だった。
両手に湯気の立つマグカップを持ち、逆光でまるで後光が差しているようなその姿はどこか神々しい。


「人聞きが悪いなぁ。
別に追い詰めてないですよ」


ツキコが心外と言わんばかりに口を尖らせた。


「ツキコちゃんにそんな気がなくても、そんな怖い顔で睨まれたらねぇ?
はい、東谷さんのおかわりね」


南野は持っていたマグカップの片方を私の前に置いた。
頼んでいたわけではないが、気を使ってくれたのだろう。
先に出された冷めたコーヒーはまだ無くなっていないが、私は南野に礼を言い、とりあえず冷めた方のコーヒーを飲み干した。


「失礼な」


ツキコは真っ黒に塗られた目蓋を下げ、怖い顔と言われた憤慨しているようだ。
相変わらずの無表情にも見えるが多少の変化がわかるようになってきた気がする。
もしかしたら相手が南野だから自然な振る舞いが出ているだけかもしれないが。

「どこが怖いって言うんですか。
普通の顔ですよ」

「普通の顔でも怖いって!目の周り真っ黒だしね。
怖いよねぇ?東谷さんもそう思うでしょ」

「そんなことないですよ。
今時皆こんなメイクしてるじゃないですか。
ね、東谷さん」


双方に同意を求められ、私はたじろいだ。
どう答えればいいのだろう。
正直、ツキコの顔は怖い。
真っ黒なアイシャドウの威圧感や不気味な黒の口紅はどう見ても恐ろしいのだ。
こういう場合どちらかの肩を持つのはどちらかを敵にするということで、私が苦手とする状況の一つだ。
片方に同意することによって片方が気分を害してしまい、場の空気を悪くする可能性や今後の人間関係に影響する可能性も考えられるだろう。

前の記事へ          次の記事へ
トップページへ

PAGE TOP