雲の上への扉

彼女は道具じゃない

そういえば。
20年前、自分は何をしていただろう。
今の仕事を始めた頃なのだが、あまり記憶がなかった。
おそらく、今と大して変わらない生活を送っていたのではないだろうか。
もし当時の自分に南野のようなきっかけがあれば、自分の人生は変わっていたのだろうか。
ふと、そんなことを思った。
だが、きっと私の事だから南野と同じ状況になったとしてもお金を使うためだけによくわからないものを買うなんてそんな思い切ったことはできず、ただただ変わらない日々を過ごしていた事だろう。
南野だから、ここに至ったのだ。
そう思うと、ここに至るまでの経緯がますます気になり出した。


「今とはずいぶん、違うんですね」

「そりゃまぁ、ね。
若かったからねぇ・・・。
でもね、箱から出したらさ。
せっかく買ったんだから使わないとって気になってね。
その日の晩初めて抱いたんだよ、そのドールを」

「おお、それで?」


「いやぁ、なんていうかね。
道具と思っていたのに、いざしてみるとじっとこっちを見ていてさ。
それがまた悲しい顔のように見えて、私はなんだか悪いことをしているような気持になってしまって、できなかったんだよ。
人形だと思っていたのに、まるでそう扱われることを悲しんでいるみたいだったから。
初めて、彼女をちゃんと見た。
それでなんとなく思ったんだよ、ああ、彼女は道具じゃないんだって」


南野はハハッと乾いた笑い声を発した。
穏やかに見えるがその瞳はどこか悲しげなような、若き日の過ちを悔いているようにも見える。
もしかしたら、彼の目にはその日の彼女の表情が見えていたのかもしれない。


「それからはね、彼女を乱雑に扱うことはなくなったよ。
きちんと取扱説明書を読んで、こまめに手入れをしてさ。
そのワンピースは初めて彼女に買った服でね、当時流行ってたドラマのヒロインが着てたのとそっくりなものを通販でわざわざ探して買ったの。
何故だか好きでね、あの頃はまだ女性のファッションなんてなんにもわかんなかったからそういうところを参考にするしかなくて」


私はハッとした。
どうりで、懐かしいわけだ。
言われてふと、脳裏にヒロインがこのワンピースを着て想い人に会いに行くドラマの1シーンが浮かんだ。


「ああ、なんだか懐かしいと思ったんですよ!」

「おお!やっぱり、知ってますか!
知っているんじゃないかと思ったんですよ、当時すごく流行って、雑誌なんかでも多く取り上げられてましたしね。
良かったですよね、あの女優さん。話も良かったけど、彼女の演技が良くて」

「そうそう。
すごい上手いってわけではないんだけど、感情がよく伝わってくるというか・・・
この色のワンピースを着ていたのは最終話でしたね。
いやあ、懐かしいです」

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