雲の上への扉

変わり映えしない生活

秋の燃えるような鮮やかな赤い夕焼けが、じりじりと自分の猫背を責めるように焼いているような、そんな気がした。

うまくいかない仕事も、変わり映えしない生活も、何をやってもだめな自分も、それでもやっていかなきゃならない世の中も、何もかもすべてが煩わしかった。
とりわけて得意なこともなく、何事もスムーズには行かない自分のような人間には生きにくい世界だ。
自分にできることと言えば時間労働くらいで、生きるために朝から晩までただただ働く。
職場と眠るための家をなぞるだけの単調な毎日に、嫌気がさす。
いっそ何もかも終わらせてしまいたいと思ったこともあった。
だが、まだそこまででも無いような気がした。
そして今日もまた、同じ日を辿る。
コンビニで酒でも買って帰ろうか、そんなことを考えながら公園を横切っていた時だった。


「いいね、いいね!やっぱりハルは何を着ても似合うなぁ」


どこからかシャッター音とともに、男の声がした。
時折褒め言葉を飛ばしながら、何度も何度もシャッターを切っている。
こんな日暮れに、何かの撮影か?
辺りを見回す。

紅葉の木に囲まれたベンチの手前に、カメラを構える男がいた。
その先には秋らしい淡い茶色のワンピースを着て、ベレー帽を被った小さな女がいる。
きちっと足をそろえ、ベンチにちょこんと腰かけた姿はどこぞのお嬢さんといった感じで気品があり、夕陽の赤を受けてかそれともカメラを向けられることが恥ずかしいのか頬を朱に染めている。
時折男に腕の位置や頭の角度を調整され、男の呼び掛けに答えることもなく微動だにしないその姿に、どこか違和感を感じた。
この違和感はなんだろう。
私は何故だか強く惹きつけられた。
もっと近くで見たい。
そう思い撮影の邪魔にならないよう、音を立てないよう、足を滑らせるようにしてそっと近付くと、男が私の気配に気が付いたのか振り向いた。

「あ、どうも」

男が軽く会釈する。

「ど、どうも」

私も軽く会釈を返す。
男は撮影を中断させられて気分を害したのか、ばつが悪そうに頭を掻いた。

「あー、えーっと、もしかして避けた方がいいですかね?」
「えっ!あ、いやいや、大丈夫ですよ」

どうやら私が撮影をやめさせようとしていると思ったようだ。
私は否定を表すため、大げさにいやいやと顔の前で手を振った。

「ハハッ、そうでしたか」
「ええ、なんかすいませんね」

つい、いつもの癖で謝ってしまう。
男はいえいえと笑った。人の良さそうな男だ。

「撮影ですか?」
「ええ、まぁ」
「それ、その子、きれいですね」
「おっ、ありがとうございます」

男が嬉しそうに頭を掻いた。
頭を掻くのが男の癖のようだ。

「よければもっと近くで見ます?」
「いいんですか?」
「ええ、どうぞ」

男に勧められるまま、私は女に近づいた。
表情が見えなかったのは距離のせいだと思っていたが、そうではなかった。
彼女は無表情だったのだ。長いまつ毛が瞳に影を落とし、見る角度によっては微笑んでいるようにも安らいでいるようにも見える。
微動だにしない女を間近にして、わかった。
これは人形だ。男との会話中も微動だにせず、顔立ちは精工でまるで人間のようだが生気が感じられない。
呼吸をしていれば肺が膨らみ、それに合わせて体も多少は動くはずだ。
また、唇の動きや瞬きといった生きている人間ならば自然に発生してしまうそれらの動作が彼女にはまったくないのだ。
どこか不気味で、それでいて妖艶で、独特の幻想的な雰囲気を纏っている。

「もしかして同志、ですかね?」
「いや、そういうわけでは・・・でもその、興味が・・・」

気恥ずかしさに口ごもってしまうが、そんなことはお構いなしに男は感嘆の声をあげ、近くに置いていた大きなリュックサックから黒い手帳を抜き出すと、その中から小さな紙を取り出した。

「よかったらこれ、どうぞ」

男は紙を差し出した。

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