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連続小説

こういう道を選んだ人

私は仕事を辞めるなんて考えたこともない。
例え充分生活していけるだけの金が手元にあったとしても、保険として働き続けるだろう。
まして、好きなことをしたいからだなんて。
テレビや雑誌でそんな人の話を見たことがあるが、いつもよくそんな生き方ができるものだと思っていたのだ。
それが今目の前の男がそうだというのだから。
言う事が解らないわけではない。
確かに本気にならざるを得ない状況を作れば逃げることはできないだろう。
しかし、そんなに自分を追いつめる必要は無いのではないだろうかと思うのだ。
必ず成功できるという保証はないのだから。


「なんというか、随分思い切った話と言うか。
それで成功してしまうのだから、すごい」

「まあ、楽な道ではないけれどね。
結構頑張ったよ、今もだけどね」


こういう道を選んだ人だから、彼は人を引き付けるのかもしれないと思った。
決して真似したいとも真似できるとも思わないが、けれども彼ともっと話したいと思ってしまう。
そんな人だ。


「南野さんは特殊な例で、皆が皆そうってわけじゃないですからね」


ツキコは釘を刺すように私に言う。
そんな人間ばかりと思ったわけではないが、しかしツキコはどちらかと言えばそちら側なのではないだろうか。
彼女の立場はどうなっているのだろう。
ここまでの話からして、従業員というより共同経営者のような感じだと思ったが。
複雑な背景がありそうなので私はあえて聞くのをやめた。
南野の話だけでももたれてしまいそうなのに、これ以上聞いても飲み込めないと思ったからだ。


「まあ、ここまでって人はあんまり居ないよね。
皆働きながらだからね。だって、趣味だもん。
私はさ、若い頃は全然だったんだけど、結構のめり込むタイプだったんだよね。
好き!ってなったら、こう。ずっとそれだけやっていたい。
関係してるものならあれやこれや手を出しちゃうし、そうなると前しか見えない、猪突猛進ってやつだ」


南野はそう言いながら、自分の視界の左右を手で壁を作るように遮った。
彼のラブドールに対する姿勢や物の見え方が、そうなのだろう。


「僕には東谷さんもこっち側に見えるけどね」

「えっ!?」


突然私に話が移り、狼狽えた。
何処をどう見てそんなことを言いだすのか、私には理解ができない。
どう考えても、私が彼のようになるのはあり得ないだろう。
そこまで突き詰めるという話ではなく、ラブドールを愛でる同志という意味だろうか。
それであれば納得がいくが。
彼のように趣味で生きていく姿は、私自身には想像できない。


「とりあえずまずは、ラブドールを迎えるところからだね」


南野はそう言うと、テーブルの上に広げられた冊子を重ねてまとめ、私の前に差し出した。

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