雲の上への扉

真っ黒な口紅

「ああ、ツキコちゃん。
そっちに居たの」


心臓が飛び出そうなほど驚いた私をよそに、南野は私の向かいに座ると慣れた様子で向こうの部屋から現れた真っ黒な装いの女性に話しかけた。
私は呆気にとられた。
まるで絵本から飛び出してきたかのような、レースとフリルで飾られたボリュームのあるドレス。
しかし一切鮮やかさはなく、まるで喪に服しているかのような漆黒なのだ。
黒以外の色味は肌が出ている部分のみだが、唯一出ている顔面も瞼がまるで人形のように彫りがはっきりとする暗い化粧が施され、唇はなぜか真っ黒な口紅が塗られている。
まるで彼女自身が作り物であるかのようだった。
女性は表情一つ変えず、無表情なまま両手でカップやティーポットの乗った盆を運んでくる。


「車が入ってくるのが見えたんで、お茶の用意と彼女たちのお色直しを」


淡々とした口調でそう言いながら、彼女は慣れた手付きで私と南野の前にコーヒーを、空いているの席の前に空のカップを3つとそれらの中心に皿に並べられた焼き菓子を置いた。


「驚かせてしまって申し訳ない。
彼女はツキコちゃん、うちで働いてくれてる子でね。
まぁ、ビジネスパートナー・・・みたいなものかな。
で、ツキコちゃん。
こっちが東谷さんね」


南野に紹介され、ティーポットをテーブルに降ろしたツキコが軽く頭を下げた。


「お噂は聞いてます」

「どうも」


私も軽く会釈を返したが、それには目もくれず、彼女は一言だけそう言うと部屋を出て行った。
噂とは一体どういうことか気になったが、それを訊ねる余裕もなかった。


「今ツキコちゃんがあの子たちを連れてきてくれるからね。
ビックリしたでしょう。
足で開けるのやめてって言ってるんですけど、両手が塞がってるとすぐ足を使うんですよねあの子」


申し訳なさそうに眉を下げながら、南野が頭を掻く。
二人の様子や南野の発言からして、二人は付き合いの深い仲のようだ。


「ビジネスパートナーと仰ってましたが、お二人はその、ご家族なんですか?」


家のことを詮索してはいけないとは思いながらも、私は思わず思ったままを訊ねてしまっていた。
南野は初めて会った際、会社ではないと言っていたのだ。
しかし、今、ツキコのことをビジネスパートナーと紹介した。
だとすれば矛盾が生じてしまうため、無性に気になってしまったのだ。
また、濃い化粧をしているため推測でしかないが、装いからしてツキコはまだ若いように見えた。
そんな彼女が慣れた様子で家の中に居るのはやはり、二人の関係を邪推してしまう。
だが、男女の関係と言うには距離があるようにも感じ、何とも不思議だったのだ。
南野もなんとなくそれを察したようで、大袈裟に顔の前で手を振りながら否定した。

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