雲の上への扉

南野の始まり

「最初のドールですか?」


私は南野のその言葉に思わず食いついた。
今でこそこんな感じではあるが、彼にも始まりがあったのだ。
当たり前のことなのだが彼の現状を見ている限り、まったく想像がつかない。
南野は照れくさそうに頭を掻いた。


「もうずいぶんと昔だけどね。
20年くらい前になるかなぁ、まだ学生だったから。
その、とある雑誌でね、成人向けの。
ダッチワイフの特集をしていたんだよ」

「特集ですか」

「そう。まだすごい初期型の、マネキンみたいな顔したもうこってこてのラブドールね。
当時はまだダッチワイフって表記されていたんだけど。
それはもう衝撃的だったなぁ。
こんなの!って思ったからね、実際。悪い意味で。
どう見ても作り物だし、顔こわいし」

「ええ、どうしてそれで買ってみようと思ったんです!?」

「いや、それがね。
当時私、婚約をした恋人がいたんだけれど、卒業したら結婚する予定の。
お恥ずかしい話なんだけど、他に好きな人ができたからって言われて一方的に別れられてしまってね・・・。
その時期もう何も手に付かなくて、毎日だらだら過ごしてて、そんな時にその特集に出会って、半ば投げやりな気持ちで買ったの。
20万くらいしたかなぁ。
結婚の為にバイトで貯めたお金で、ぽんっとね」


南野は笑いながら話すが、私は思ったよりも重い話に言葉を失った。
20年前とはいえ、気軽に他人が触れていいものではないのではないだろうか。
私にはそんな経験はないが、想像しただけでも苦しくて悲しい気分になってしまう。
実際にそんな経験をした南野にとって一生ものの傷になっていてもおかしくないのではないだろうか。
と言うか、まさかこんな重い空気になるとは思っていなかった。
どんな話が出てくるか想像はつかなかったが、まさかスタートがマイナスのイメージでそれも一目惚れのような運命的なものではなく投げやりな気持ちだったなんて。
ドール愛に溢れる南野からはまったく想像がつかない話である。
何を言ったらいいか考えていると、南野があたふたした様子で「そんなに深刻にとらえなくていいからね!」と言った。


「で、でも、そんな大事な話をあんな軽い感じで聞いてしまって!!」

「大丈夫、大丈夫。
もうすっかり吹っ切れてるし、あれのおかげで今こうして千鶴さんやハルやユメに囲まれて生活できて、ツキコちゃんや東谷さんのような同志とも出会えたわけだからね。
寧ろありがたいというか、幸運だったと思っているよ!」


彼の言葉は嘘ではないと思った。
この部屋や千鶴さんを見ればわかる。
本当に心から、ラブドールを愛しているのだ。
私はそんな南野が少し羨ましかった。
早くからラブドール、彼女たちに出会い、魅せられ、充実した人生を送っている彼が。


「なんだかこういうのも変ですけど、良かったですね」

「ええ、本当に」


南野は笑顔で頷いた。

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