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連続小説

南野さんって

そうだねぇ。
名刺のやり取りはあるよ。
でも表の世界で使っているやつじゃなくて、ちゃんと趣味用のやつね。
僕が最初に渡したやつみたいな


そう言って南野はテーブルの上に広げられた冊子の内の一冊を手に取り裏表紙を捲ると、そこに挟まっていた小さな紙を取り出してこちらへと向けた。
あの時もらった名刺だ。
私の方に向けられていた名刺だったが、横からツキコが身を乗り出してつまみ上げ、テーブルの上に置いて指を指す。


「こっちなら普通。
ここに書いてあるのは趣味用の情報ですからね。
変だったのは、当時の勤め先の名刺だったからですよ。
会社名も部署も役職まで印刷されてるんですもん。
普通、ああいうのは渡さないですよ」

「ああ、なるほど。
個人情報ですもんね」


ツキコが変だと感じたのは、本名を名乗らないのと同じ理由からなのだ。


「ですです。
よっぽどネットとかイベントに疎い人か、業者、もしくは詐欺かと思いますよ。
めっちゃ怪しいじゃないですか」


確かにと私は思った。
あまり情報がないのも疑わしいが、丁寧に書かれているものはそれはそれで用意されているようで、かえって怪しく見えるのだ。


「ははっ、少しでも信用してもらおうと思ったんだよ。
それにはまず、自分が何者か知ってもらうのが大切でしょ?
何なら免許証とか戸籍謄本とか、信用してもらう材料になるなら何でも提示するよ。
それだけの価値があると思ったからね」


それだけ彼も必死だったのだろう。
私はそこまで誰かの信用を得たいと思ったことはないが、もしそういう状況になったら彼と同じように使えるものはなんでも使うかもしれない。
実際にそうしたという人間が目の前に居るからそう思うだけで、一人だったら真っ先に浮かぶのは「無理だ諦めよう」だろう。
もしかしたら別の道を探すかもしれないが、そちらも困難そうであれば諦めてしまうだろう。
たとえ周りから変人だと思われようとも、南野は行動力があり、意思があり、熱意があったからこそそこまで出来たのだ。
そう思うと、可笑しいなんて言ったことが申し訳なくなってきた。


「まあ実際、そのおかげで今があるんですけどね」


ツキコは南野の名刺を指で弾いた。


「ツキコさんはその名刺で、南野さんに連絡を取ることにしたんですよね。
怪しんでいたのになぜ連絡してみることにしたんです?」

「勤め先に呼び出しで電話しました。
嘘かもしれないと思って。
だって大手銀行ですよ?
電話番号は間違いなかったけど、在籍してるかどうかわかんなかったのでこれはもう電話するしかないじゃないですか」

「え、南野さんって銀行員だったんですか!」


突然出された思わぬ情報に、私は驚く。


「なんか、皆驚くよね。
はは、恥ずかしいな」


南野は照れくさそうに頭を掻いた。

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