雲の上への扉

無表情な人

おかわりを要求されたツキコはそれを突っぱねた。


「知りませんよ。
自分で淹れてください」


ツンとそっぽを向かれ、南野はしぶしぶと言った感じで立ち上がった。


「仕方ない、淹れてくるか。
東谷くんは・・・と、まだ入っているね。
じゃあちょっと淹れてくるから待ってて」


ガタガタと音を立てながら騒々しく出ていく南野を見送り、ツキコと人形二人と僕の四人、気まずい沈黙の中に残された。
ツキコはカップを両手で包み込むように持ち上げたまま、じっと中を見つめて動かない。
私の横と斜め向かいに居る彼女たちも、前に置かれたカップを見つめ今にもカップに手を掛けそうではあるが、当たり前だが動き出す気配はない。
なんとも言えない雰囲気に、僕はとりあえず自分の前に置かれたカップを手に取り、ぬるくなった中身に口を付けた。
深い苦みが口いっぱいに広がり、これが現実なのだと改めて思い知らされる。
その様子を上目気味に見ていたツキコが先に口を開いた。


「さっき、服の話してましたよね」

「えっ!?あ、ああ、はい」


話しかけられるのを想定しなかった私は思わず持っていたカップを落としそうになり、慌てながら返答した。
事なきを得たカップを音を立てないようにテーブルに戻す。
自分の挙動不審さが恥ずかしく、汗が出てくる。
ツキコはそんなことなどお構いなしという様子だが、私は気が気じゃなかった。
何か不快な思いをさせてしまったのだろうかと、自分の言動を思い返してみるが思い当る節と言えばカーテンくらいだろうか。
だがあれは確かに私もそう思ったが、言い出したのは南野じゃないか。


「どうですか、こういうの。どう思います?」


ツキコが私の横に座らされている人形、ハルを飾り気のないすらりと伸びた指で示した。
ハルは指を指されてなおも穏やかにカップを見つめているが、私はただならない緊張感にごくりと唾を飲んだ。
こういうのとはおそらくこのドレスのことだろう。
私は迷った。
このドレスは素晴らしい。デザインと言い、バランスと言い、この部屋の雰囲気とも相まって実に素晴らしいと思う。
だが、それをそのまま伝えてもいいものだろうか。
こんなくたびれたおじさんの私がドレスのことを語るなんて、みっともないのではないだろうか。
呆れられ、引かれるのではないだろうかという恐怖。
そうだ、私は昔、そうして姉の着せ替え人形に触れられなくなったのだ。
身体が震えた。汗が出る。
喉が渇き、私はとりあえず落ち着くためにコーヒーを飲もうとふと顔を上げると、ツキコと目が合った。


「あまり好きではない、ですか」


表情を変えず、彼女はそう呟いた。
人形のように無表情な人である。
何を考えているのか、どう思っているのかはわからないが、何故だか私は彼女に心を見透かされているような、そんな気がした。

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