雲の上への扉

胸の内が軽くなった

感動することに慣れていない。
仕事と家を行ったり来たりのただ生きていくだけの平凡で変化のない退屈な毎日を過ごしていた私には突然の湧き上がるこの大きな感情をどうすることもできなかった。
行き場を失った感情は勢い任せに爆発してしまうのだということを、私は生まれて初めてこの年齢で知った。
後先考えず立ち上がったはいいが、どうするべきだろうか。
とりあえず言いたいことは言えたから座るべきなんだろうが、勢いよく立ち上がってしまった手前、何事もなかったように座るのは不審な気がした。
というか、いきなり立ち上がったりして情緒不安定な人間だと思われたのではないだろうか。
いろいろな思いが一挙に頭の中に押し寄せた。
ツキコは相変わらず無表情に私を見上げている。
南野はうつむき、肩を震わせていた。
同意を示すためだけにこんなに勢いづいたことを笑われているのだろうか。
それならそれでいい。
思う存分いじって笑い話にしてくれた方が、気が楽だ。
しかしこの度もまた、私の予想は大きく裏切られるのであった。
俯いていた南野は突然立ち上がり、目を輝かせながら私の手を取って


「わかってくれると思っていました!」


と、声高らかに言ったのだ。
私を見上げていたツキコがやれやれといった様子で頭を押さえる。


「初めて会った時からこの人は何かあると思っていたんだよ!
いやぁ、私の目に狂いはなかった!」


完全にテンションの上がってしまった南野はやや早口に言葉を続ける。


「メールで確信したんだよ、この人は間違いない。
この人は話が分かる、間違いなくこっち側だって!」

「ああ、それは私も思いました」


一瞬呆れ顔だったツキコが真顔に戻り同意する。
そういえばそうだ。
私の嗜好は先日送った熱意を込めたメールで南野だけではなく、最後の返信を送ったツキコにまでとうにばれていたのだ。
全て知った上でツキコは私にドレスの感想を求めていたのである。
つまり、先ほどまで私が猫を被っていたということを彼女はお見通しだったのだ。
意地悪く彼女がにやりと笑った。


「隠すことなんてなかったのに」


見た目だけでなく、性格も意地の悪い魔女のようだ。
まるでからかうように彼女は私にそう言ったのだ。
私は悔しさと恥ずかしさで顔から火が出そうになるのをぐっと抑え、ええいままよと南野の手を握り返し、


「ええ、そうです!そうですとも!私は人形やドレスが大好きですとも!」


と声高く宣言した。
酔った時ですら、ここまで自分を曝け出したことはない。
状況に流されたとはいえ、普段の自分では考えられない行動である。
しかしなぜだか、詰まりが取れた様に胸の内がすっと軽くなるのを感じた。

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