雲の上への扉

お化粧

「東谷さんにも化粧ができるか、でしたよね」


ツキコが南野のフォローをするように私に確認する。
私はそれに頷いた。
聞きようによってはまるで私が化粧をしたがっているようで微妙に気恥ずかしいが、ツキコは微塵もそんなことを思いもしないようだ。


「ええ、そうです」


ツキコは嬉しそうに微笑んだ。
自分の技術に興味を持たれたことが嬉しいのだろう。
初めは感情がわかりにくかった彼女だが、慣れてきたのかだんだんと厚い化粧の下の表情がわかるようになってきた気がする。
或いは彼女が私に慣れてきて、表情が出やすくなったのかもしれないが。
見た目に反し、彼女は話好きで親切だということが今の私にはわかる。


「できると思いますよ。
道具とやり方がわかれば誰だってできますから。
南野さんも自分のドールには自分でお化粧してますし」

「え!そうなんですか?」


部屋中の視線が南野に集中した。
先ほどまでの飄々とした態度とは一変し、男がたじろぐ。


「ま、まぁしてるけど。
でもあくまでも自分の趣味の範囲であって参考例として見せられるレベルではないというかね?
まだ練習中の身だからね?」


よっぽど自信がないらしく、一歩引き気味に拒否をする。
確かにツキコが手掛けた仕事には劣るのかもしれないが、そこまでのクオリティは求めていない。
ただ、プロじゃない人間がやるとどうなのかという興味があるのだ。
私は身を乗り出し南野に詰め寄る。


「それでもいいです!ぜひ、ぜひ拝見したい」

「いいじゃないですか。
私が教えているんだからそんなにひどいっていうわけでもないだろうし、見せたらどうです?」


ツキコが背中を押す。


「そう?そうかなぁ。
じゃあ、まぁ、いいか。
私の部屋は二階なんだけど、そっちに移動しようか」


ツキコの後押しが聞いたのか南野はしぶしぶと言った感じで了承し、私を部屋の外へ出るように促す。
それに従い私は南野の後に続いた。


「私はここで待ってますね。
居ない方がいろいろと都合がいいと思いますから」


ツキコが漆黒の重たい袖を揺らして私たちに手を振る。


「ああ、そうだね」


私の前の南野はそれに頷いた。
何か二人の間で思うところがあるようだ。


「何かあるんですか?」


彼女が来ないことが残念というわけではない。
ただ、彼女が来ない理由を察することができなかった私は疑問に思ったのだ。
南野のラブドールの化粧を見に行くのだから、化粧に詳しい彼女ならいろいろと説明をしてくれただろう。
この家に来たときに通った廊下の幅の広い階段を昇りながら私は南野に聞いた。


「気を使ってくれたんだよ。
これから行くのは私の自室だからね。
それと、彼女が居ると話しにくいこともあるだろうし、せっかくだからそういうことも話して来たら?ってことかな」

「話しにくいことですか」


そこで私は思い出す。
そう言えばラブドールは性具なのだ。

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