雲の上への扉

冒険も必要

「そう言えば、言ってなかったかもねぇ」


ツキコの鋭い眼差しを躱すように、南野は不自然に視線を泳がせた。
恐らくそれほど怒っているわけでも気分を害したわけではないのだろうが、彼女が目を細めるとメイクのせいかとても威圧的に見えるのだ。


「はぁ。
東谷さんはここまでちっとも気にならなかったんですか?」


やれやれと言った様子で身を竦め、黒い女は私に視線を移す。
そこに鋭さはなかったが、目が合った私は突然話をこちらに振られたことに思わずひやりとした。
なんだかこの話題を出すタイミングを間違えたようだ。
実際責められているのは南野なのだが、どうにも気まずい。
南野と二人の時に聞いておけば良かったと私は後悔した。


「いや、ええと、詳しくは聞いてなかったけれど軽くは聞いていたし。
気にならなかったわけではないけれどこちらから聞く機会もなかったので」


私はまるでオイルの切れたロボットのようなぎこちない手振りを交えて答える。
私が口を閉じると同時にツキコは再び目を細め南野を見た。


「こういうことは始めに言っておくべきですよ」

「ははは、まったくだよね」

「というか、東谷さんも東谷さんですよ。
きちんと相手の素性も確かめずにホイホイ着いてきて、危機感がないにもほどがありますよ。
私達だったからよかったものの、トラブルに巻き込まれたらどうするんですか」

「いやぁ、返す言葉もないです・・・」


おじさん二人が顔を見合わせて身を縮める。
今回は己の好奇心と直感を信じてうまくいったが、確かに今の世の中そう簡単にいくことばかりではないのだ。
私としてもここに来ることや彼らに対して全く危機感がなかったわけではないのだが、彼女の言う事は尤もだと思うのでそれは敢えて言わずにおいた。


「まぁまぁ。
ツキコちゃんの言う事もわかるけど、新しい世界に飛び込むのには冒険も必要ってことでここはひとつ、ね。
それに東谷さんはこういう経験が全くないんだ。
これから覚えていこうよ、せっかくこうして繋がれた縁なんだしさ」


南野が憤慨しているツキコを宥める。


「まぁ、そうですね」


ヒートアップしそうな勢いがあったツキコは彼の言葉で思い直したのか、滞っていたものを鎮める様に深く息を吐いた。
もしかしたらため息だったのかもしれない。
彼女にとって見過ごせない部分だったのだろう。


「さて、今更だけど私たちの話をしましょうかね」


南野は手を二回叩いて、仕切り直すように乾いた音を部屋内に響かせた。
脱線してしまいそうな雰囲気に不安があったが杞憂だったようだ。
ようやく彼らの謎が解けるのだと私は彼を見る。
私とツキコの視線を受けた南野は自ら視線を集めたにも関わらず、注目されたことが照れくさいのかいつものように頭を掻いた。

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