雲の上への扉

先入観

「えっと・・・」


結局私がやっとの思いで搾りだしたのは、この言葉である。
この先は何も浮かばなかった。
繋ぐために出したわけでも、とっさに出たわけでもない、これが私の回答の限界だったのだ。


「ツキコちゃんが東谷さんを巻き込むから困ってるでしょう」

「先に出したのは南野さんじゃないですか」


私の発言で、状況はさらに悪化したかに見えた。
昔まだ実家に居たころ、こんな状況に度々遭遇したことがある。
主に姉と母の言い争いだったが、こんな風に巻き込まれては私の煮え切らない態度のせいで火に油を注ぐ結果になってしまうのである。
私は身をすくめた。
このまま言い争いになってしまうのではないかと、体が自然に委縮してしまうのだ。
しかし状況は私の想像とは異なっていた。


「えっ!
そうだったっけ?
ええと、ああ。そうだそうだ、そうだった。
そうだったね。
いやぁ、東谷さんに変な気を使わせてしまうところだった」


南野はツキコの発言を受けてしばし考えたあと、いつもの調子でへらへらと笑い出した。
まるで未然に防いだような言い方だが、実際はすでに事後である。


「いつものことだから気にしないでくださいね」

「そうそう、僕らはいつもこんななんだよね」


さりげなくフォローを入れるツキコに、南野はやや過剰に頷いた。
慣れた様子から、二人が気が置けない関係なのだということが窺える。
私は拍子抜けしたと同時に、一気に緊張の糸が解けてしまった。
この家に来てから気が付いたのだが、どうやら私のこの人に対する緊張感や悪く捉える癖は実家の家族の影響を強く受けているようだ。
南野とツキコのやりとりはそんな私の先入観をいい意味で緩めてくれる。
私は南野が淹れてくれたまだ温かいコーヒーを一口飲んだ。
私の左右では物言わぬ少女たちがまるで見守るような穏やかな微笑みで二人を見ている。
そのうちの片方、薄水色のドレスを着た人形の頭を、彼女の隣に座る南野が撫でた。
筋張った細い手を人形の頭部を整える様に優しく這わせながら、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま話し始める。


「でもね、実際好きなものを好きだって言うのはなかなかに難しいものなんだよね。
特にこういう趣味だとね、いろいろと気になるものだしね」


それは先ほどの話の続きだった。
南野のその言葉はまるで私の気持ちをそのまま言い表したようで、私は同じ気持ちを持つ存在がいる嬉しさと感動で思わず立ち上がって声を上げた。


「わかります!そう、そうなんですよ!」


南野とツキコがパッと顔を上げて私を見る。
私は勢い任せに立ち上がってしまったことを後悔した。
視線が刺さる様に感じた。
湧き上がった頭の中がスーッと一気に冷えて、冷静になると同時に恥ずかしさから顔が赤くなるのを感じた。

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