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連続小説

すっかり

「ダニーさん、これここでいい?」

「ありがとうヤンダさん!
今取りに行こうと思ってたから、助かります!」

「いいっていいって。
どうせうちのとこもう終わったからさ。
向こうにも持って行かなきゃいけないから、また後で!」

「はーい!
こっちももう少しで終わるから、終わったらそっち手伝うって南野社長に伝えておいてー」

「了解!」


私は手にした布をパーテーションに括りつけながら、案内用の紙を持って向こうのブースへと走り去るヤンダさんを見送る。
彼はSNSを始めた頃にできた友人で、たった一人、私を通じて南野主催のイベントに参加するようになった人物だ。
住みは隣県なのだが車で出掛けるのが好きと言う事で、イベントがあるたび自分のラブドールを連れてやってくる。
南野の家でやっている講習会やお茶会にも欠かさず参加している彼だ、こんな大きなイベントに来ないわけがなく、どうせ来るならと前日入りし早朝から設営の手伝いまでしてくれているのだ。
あの日南野という男と知り合ってから一年。
私はすっかりラブドールと言う奥深い沼にはまっている。
南野の後押しでラブドールを迎え、こうして彼の主催するイベントに参加するようになった。
初めはただの参加者だったがいつしかヤンダさんのように手伝いなんかをするようになった。
そう、私もイベントにほぼ皆勤なのである。
今日は南野にとって特別なイベントだ。
ホールと言っても大きめの会議室程度だが、それでも我々にとっては今までにない規模の会場にブースの多さ、ネットニュースの取材なんかも来るという話だ。
だからかもしれないが、全体的に浮付いている。
私にとっても今日のイベントは特別なものだった。
一年間ただ自分ために自分のラブドールを飾り、時々SNSや南野の主催するイベントで同志に見せるその程度の活動しかしていなかった私が、今日は南野の勧めでひとつのブースの展示をまるまる任されているのだから。
初めて手伝い以上の、主催メンバーとしてのイベント参加なのだ。


「さて、もうひと頑張り!」


横で作業を見守る相棒に声を掛け、私は作業を続ける。
穏やかに微笑む彼女はラブドール、私の愛娘だ。
初めて南野の家に行った日に借りたカタログの中から、迷いに迷って決めた子である。
メイクで迎えたばかりの頃とは多少雰囲気が違うが、沢山手を掛けて磨き上げてきた。
どこに行くにも一緒というわけにはいかないが、こうして南野の主催するイベントには必ず一緒に参加する私の相棒なのだ。
今日の為に用意した彼女の洋服を見て、私は思わず笑む。
華美なものではない。
多少のレースは付いているものの、それはあくまでも全体を締めてみせるためのポイント程度の物だし全体の色も落ち着いたものだ。
今日参加しているメンバーのラブドールに比べたら地味な装いだとは思う。
だがこの淡いエメラルドグリーンのワンピースは大人しくも知的で、しかし大人というには甘い彼女のイメージによく合うのだ。
実にイメージ通り、いや、それ以上の可愛さでこうして目をやるだけで御しきれない充足感が溢れてしまうのだ。

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