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連続小説

私の先輩

彼の慣れた様子が、きっと年季を感じさせるのだ。


「ラブドールに関してはもっと前からご主人様だから、長いと言えば長いんだけどね。
活動の方は意外と日が浅いんだよ。
1年1年が濃厚な物ではあるけどね。
サークル活動で言えば、ツキコちゃんは私の先輩なんだ。
彼女ね、すごい人なんだよ」

「と、言いますと?」


私はさっきから両手で包み込むようにコーヒーのカップを持ち、もう何も入っていないであろう中身をじっと見つめる彼女をちらりと横目で見た。
癖のある一風変わった人物ではあるが、彼女の技術の凄さはここまででも充分わかっている。
それに加え、南野よりも先に活動を始めていたというのだから、南野に言われずとも彼女をすごい人だと認識してしまうだろう。
それをわざわざすごい人と言うのだから、よほど何かがあるのだ。
すぐ目の前で自分の話をされているのに、彼女は顔色一つ変えない。
それがまた大物感がある。


「実はドール系の業界の一部ではすごく有名人でね。
顔の造形にメイクやドールの衣装、そういう事で専門的な雑誌に取り上げられるような人なの」

「雑誌ですか、すごいですね」

雑誌という具体的な凄さを挙げられると、実にわかり易いものだ。
しかし、今まで私はそんな雑誌を見たことがない。
そもそもあまり本屋に足を運ばないし、雑誌を買わないわけではないが買うとしても近所のコンビニで事足りてしまう。
それは専門的というくらいだから、私の目につくような場所に出る雑誌ではないのだろう。
実際、ドールを専門的に取り上げた雑誌があるなんて、今初めて聞いた。
だが、多くの人の目に付かないものであっても雑誌に取り上げられるというのはそれなりの知名度や功績がないとない事だ。
だから見たことがないとしても、それが凄い事だというのは私にもわかる。


「昔の事ですよ」


ここまで黙っていたツキコが流石に口を挟みたくなったのか、小声で言う。
さっきまでは不機嫌そうだったのが、今も変わらず視線は外しているが、なんだか頬がほんのりと色付き照れているようにも見えた。


「ツキコちゃんは今もすごいけどね。
ダメ元で声を掛けたけど、そんなすごい人が今こうして一緒に活動してくれているんだから有り難い事だよ」


ツキコが会話に加わったことで機嫌が良くなったのか、南野は爽快に笑う。
取りあえずドールのイベント会場が出会いの場だったのだろうということはわかったが、一緒に活動するようになった経緯がまだである。
しかしこの流れ、このままだとそれを聞く前に話が終わってしまいそうだ。
この話が始まるきっかけになった、テーブルを叩くという件が一切出てきていないままなのだ。
それにしても話があっちこっちへとよく飛ぶ男である。

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