連続小説

ゆかり

パーテーションに布を固定し終わりあとはテーブルの配置だけという所で、大きなスーツケースを引き摺り両手にいくつもビニール袋を提げた女性が私の方へと近付いてくる。
本来のここのブースの担当、モカさんだ。
彼女は南野のサークルのイベントに古くから参加しているメンバーである。
彼女の事は初めて南野の家に行った日に見た活動記録で知り、その後初めて参加した講習会で実際に会いなんだかんだと交流するようになった。
悪い人ではないのだが、マイペースで取っ付きにくい人物ではある。


「ダニーくん、おはようございますー。
寝坊しちゃったぁ。
手が空いてる人に準備してもらっておくって聞いてたけど、ダニーくんだったんだ。
ごめんなさいねー」

「おはようございます。
いえいえ、大丈夫ですよ。
どうせ誰かが手伝っていただろうし。
それにしても、荷物が多いですね」

「ああ、これ?
私、おやつ担当だからー」


モカさんは右手に提げた手にしている中でも一番大きい袋を少し上げて見せた。
その袋の中身は私が一週間に買い物をする量よりも多く見える。


「お、ゆかりちゃん今日は随分と大人っぽいじゃない。
これ、ツキコちゃんの新作―?」

「いや、これは違うの。
最近ネットで見つけたお店の」

「そっかそっか。
それならお茶会って感じでいいねー!
うちのはカジュアル系にしちゃったから。
あとでうちのも連れてくるから見てね。感想くださいな。
さて、ここは後は一人でできると思うから、これ、控えのツキコちゃんの所に運んでもらえる?」

「わかりました。
じゃあ何かあったら声を掛けてくださいね。
ちょっと持ちきれないんで、ゆかりはあとで迎えに来ます」

「らじゃー」


彼女から袋を受け取り、私はツキコの元へと向かった。
ゆかりは私のラブドールの名前だ。
彼女を迎える際、実を言うと名前を先に決めて、それから名前に会うドールを選んだのだ。
いくつか候補はあったのだが、彼女の顔が一番ゆかりという名前がしっくりきた。
なぜゆかりという名前にしたか。
それは私がこの道に足を踏み入れたことに因む。
彼女のゆかりという名前は、漢字だと縁と書くのだ。
あの日繋がったひとつの縁から、ここまで広がった縁。
それを繋いでいるのが彼女だから、なんて恥ずかしくて周りには言えないが、そんな理由だ。
歩きながら、私は笑ってしまう。
初めは他の人に自分のラブドールを預けるなんて心配でとてもじゃないけれど無理だったのに、今は「あとで迎えに行きます」なんて言ってしまうのだから。
実のところ、私はあのモカさんという人が苦手ではあるが嫌いではない。
いい加減な所もあるし自分の主張を曲げない頑固な所もあるが、会うたびゆかりの服装やメイクを褒めてくれるからだ。
私も彼女のセンスはすごく好きで、参考にしている部分があるのだ。
そう言えば何が入っているのだろうと私は手にした袋のひとつを上から覗いてみる。
そこには、スティックタイプのお湯で溶かして飲めるインスタントコーヒーが数箱と業務用の紅茶のティーパック入っていた。
そう言えば、打ち合わせの際に来場者に飲み物を振る舞うと言っていた気がする。
本当はちょっとした軽食を提供できるカフェコーナーのようなものをやりたがっていたのだが、それにはきちんとした手続きと行政の許可が必要という事で、予算的にもそれほど余裕がないという事から断念して飲み物を振る舞うだけという事になったのだ。
もちろんそれだけではなく、主催側の休憩用も含まれているのだろう。

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