雲の上への扉

時代に置いて行かれている

私は下の階で見たドールたちのことを思い出してみた。
言われてみれば、目の印象が結構違ったような気がする。
どちらもぱっちりとした可愛らしい目だったが、思えばハルは目尻が重く垂れ目気味でハルははっきりとした明るく爛々とした丸い目をしていた。
よく見たわけではないから自信があるわけではないが、睫毛の形もそれぞれ違ったと思う。
ハルは目尻に向けてだんだん長く、生え方も下向きと言うか瞳に影が差すような憂いがあるように見えるような睫毛だった。
対してユメはそれほど印象に残る睫毛ではなかったが、下睫毛ははっきりとしていた。
そして先ほど見た千鶴さん。
彼女はさっぱりとした落ち着いた顔だったが、睫毛は意外とボリュームがあり色っぽく見えた。
確かに、顔の印象を操作する上で睫毛の存在は意外と大切なようだ。


「なるほど、確かにハルとユメ、千鶴さんでそれぞれ違うような」

「さすが東谷さん!」


彼はまるでクイズ番組の司会者のように私を指さした。


「私もそうだったけど、睫毛まで見ている人って少ないんですよ。
なんていうのかな、顔全体とか目のあたりみたいな大きな括りでは見ているんだけど、ピンポイントにここ!ってのはあんまりね。
睫毛なんか特にね」


確かにと私は頷く。


「睫毛の形や付ける位置がポイントでね、あと角度なんかも。
私はツキコちゃんに付け睫毛を教えてもらったときはもう、感動したよ。
なるほど足りなかったのはこれだったか!ってね。
それまではただ貼るだけ。
全部くりんと上向いちゃって、表情なんて出なかったからさ」

「こういうのって、やっぱりラブドール専用のが売っているんです?」

「うーん、あるにはある。
でも人間用、って言ったらおかしな言い方だけど、普通の一般的なメイク用の物を使う人が多いよ。
それも普通に化粧品のコーナーで買ったものだしね。
カットして使えば大きさも合わせられるし、基本的な造りは同じだからね。
ドラッグストアとか100円ショップでも買えるし、種類も多いし、わざわざラブドール用の物を通販なんかで購入する必要はないかな」

「え、人間用ですか」


私は思わず南野の言葉を制止した。
彼が何を言ったのか理解するのに少し時間が必要だった。
今彼はこの人工の睫毛を人間用と言ったが、誰が人工の睫毛を必要とするのだろう。
毛が生えることがないラブドールやよっぽどの理由がある人ならわかるが、我々人間にはそもそも睫毛が生えているじゃないか。
あまり需要が無いように思うが、ドラッグストアや100円ショップで売っていると言うことは結構購入する人がいるということだろう。


「ああ、ははっ。
最近ね、女の子たちの間で流行ってるらしいですよ。
なんて言うんだったかな、盛る?っていうの。
自分の睫毛にさらにこれを着けて、睫毛がびっしり生えているっていうふうに見せるんだって。
びっくりだよね、こんなのをくっつけて歩いてるなんて」


察しのいい南野が私の様子を察して笑う。
雑誌や流行のテレビをあまり見ない私のようなおじさんがそれを知らないのは仕方のないことだとは思うが、時代に置いて行かれているようで少し恥ずかしい。


「なるほど。
どおりで最近の子たちは睫毛が長いというか濃いというか、はっきりしていると思った」

「ね。
可愛いは作れるなんてのが流行ったけど、いろいろと工夫をしているもんだなぁって感じだよね」


私はそれも知らないが、とりあえず頷いておいた。

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